5月生れ
鈴木章友厩務員(3日) 森下博騎手(4日) 井上啓厩務員(6日) 今井輝和調教師(7日)
鬼沢裕充調教師(9日) 相沢新七調教師補佐(10日) 塩野照義厩務員(10日) 松木秀典厩務員(10日)
青田圭厩務員(13日) 吉橋淳一調教師補佐(15日) 甲田悟史厩務員(15日) 千葉松男厩務員(15日)
津田法人厩務員(17日) 福島幸三郎調教師(18日) 新美哲孝厩務員(19日) 高木伸二厩務員(20日)
高橋薫厩務員(20日) 松井孝一厩務員(23日) 島川和章厩務員(24日) 内山義信厩務員(25日)
乙川正樹厩務員(28日) 藤田隆幸厩務員(29日)
                                                                     


       吉橋淳一 調教師補佐 <鈴木敏一厩舎>

 調教師補佐とは? 文字通り調教師を補佐する役割なのだが唯一調教師補佐に出来ないことは「馬の預託」である。逆に言えばそれ以外の業務全てに携わることの出来る重要なポジションである。言ってみればいつの日か調教師になった時の為の見習の時期かもしれない。
 補佐の試験問題を見ると基本乗馬から競馬法まで実に幅広い。ちなみに調教師の試験には「労働法」が含まれるが補佐の試験には出ない。
現在小向厩舎で補佐は5名。そのうちの1人が吉橋淳一調教師補佐である。
 東京都文京区出身。子供の頃は「本屋さんになりたい」と思っていた吉橋少年、話を聞けば実にソツなく受験戦争をくぐり抜け付属の高校から芝浦工大へ進学。しかし卒業後は「馬関係」一本に的を絞って千葉の下河辺牧場へ就職した。「もともと周りに競馬好きの人が多かったし、体験乗馬に行く姉につられて一緒に行ったのがきっかけ」。その後厩務員の職を探して大井や川崎に問い合わせるも門前払い。しかし「見学だけでもさせて欲しい」と食い下がり愛馬会(川崎の厩務員組合)を訪ねた。すると丁度高月厩舎に1人空きが出るよ、という絶妙のタイミングで川崎で厩務員となる。「その時の『空き』の張本人が飯田君(現調教師補佐)。高月厩舎から今の池田厩舎の前身(故佐々木国広厩舎)に移るところだった。今は同じ調教師補佐だし飯田君には縁を感じるね」
 一発で調教師補佐に合格して1年が経った。仕事に対するポリシーを尋ねると「観察すること」ときっぱり。「馬は痛いところがあっても『痛い』とは言わないでしょう?だから耐えず人間が注意深く観察してどんな些細な変化も見落とさないようにしないといけない」調教師としての理想像は?「まずウチの先生(鈴木敏一調教師)。敏一先生は『人を育てる先生』、もう1人は美浦の藤原辰調教師。自分の思い描いている方法に近い気がする。調教も科学的根拠に基づいているし。でも俺は欲深いから色々な人のいい面を全て吸収していけば一番にはなれなくてもそれに近い調教師になれるんじゃないかな・・・と(笑)」
現在の担当はヤクモバクシンとミヤギノマドンナ(ともに牝3)。
思い出に残る馬にあげたジョウテンプリンスが乗馬として頑張っている話をしたら「生きてたんだ、よかったぁ・・・」と一気に顔がほころんだ。プライベートでは雪乃ちゃん4つと忠勝君2つのよきパパ。15日で32歳になった。

2004年5月号
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